2019年1月18日金曜日

<episode 3>レガシー企業を引き継いで見えてきたIT化を進めるための課題と問題点

<episode 2>はこちら

株式会社フジサワ・コーポレーション(以下、FC)の澤田です。
これまで高柳から、業務提携に至るまでの経緯をお話してきましたが、今度は私の視点からお話をしようと思います。

左から、代表取締役 澤田 剛治、取締役ファウンダー高柳 寛樹(撮影:澤田 剛治)

現在の私は、祖父が創業し父が大きくしたFCの代表取締役を引き継いでいます。
FCに入社する前の私は、外資系IT企業に勤務していました。最新のIT技術に触れる環境から、70年続く会社を経営する立場に身を置くと、レガシー企業の抱えるITの問題が顕著に見えていました。
現在に至るまでの状況を簡単にご説明すると、2001年に大学院を卒業した私は、就職先として外資系IT企業を選びました。4年半勤務した後、転職し別の外資系IT企業で1年半働きました。当時は、国立研究所の研究プロジェクトの支援などに携わり、最新のIT技術に触れる環境にいました。
ふたつの外資系企業で6年間働き、3社目に移ろうしていた2007年、転機が訪れました。父から、FCに入らないかと声を掛けられたのです。それまで携わっていた仕事にやりがいを感じていたため悩んだのですが、3社目の誘いを断り、FCに入社することにしました。
なぜ入社を決めたのかといえば、子どもの頃から会社の存在は大きく、生活の中心にあったといっても過言ではありません。これまでを振り返ってみても、会社は私だけでなく、家族にとっても大切なものであり、祖父、父と受け継がれてきた会社を私の代で途絶えさせてはいけないと考えたのです。

祖父が創業したFCは、もともと屋根瓦の製造メーカーでした。その後、時代の変化とともに、マンション建設のゼネコンや、写真現像の事業を始めました。ローヤルカラー(現在のフジサワ・コーポレーション)という会社を設立し、コダック社の指定現像所として写真の現像を行うようになり、最も多いときは直営店舗が100店舗ほどまで拡大しました。
同時に、出版社やデザイン事務所、広告代理店と取引する「プロフェッショナル事業」も展開していきます。当時、広告用や出版用の写真のビジュアルを展開するときは、フィルムそのものを複製し、媒体各社に送る工程など、フィルム処理に関する様々なサービスが必要だったのです。そうしたサービスを受け付ける拠点として銀座と青山にショールームを置いていました。
しかし技術革新が進み、FCの主事業であった写真現像の必要性が薄くなっていきました。そのため、現像部門を事業縮小し、広告宣伝の事業に注力し、グラフィックスを活用したサイン・ディスプレイへと移行していきます。
現在は、屋内外広告や空間装飾のクリエイティブや制作するコマーシャル・イメージング事業と、賃貸住宅の提供を行うライフデザイン事業の2つを事業の柱としています。

このように、FCは時代とともに事業内容を変化させている会社です。特にこの20年は技術革新も目覚ましいものがあったため、ガラリと変わりました。20年前は街中で見かけていた写真現像の店も、今となってはまったく見かけなくなったことからも、その移り変わりはよくわかります。新しいものが次々と生まれる現在の流れを見ると、この先も様々なものが変貌していくでしょう。

私は2012年から今の代表取締役の仕事を父から引き継ぎました。経営者として今後の会社の展開を考えれば、やはりこれまでのやり方を続けていれば、先細りしてしまうだろうという危機感があります。

<episode 4>へつづく・・・ 

<episode 1>学生時代に起業した仲間と20数年後、資本業務提携に至るまで
<episode 2>レガシー企業のITを取り巻く問題点

<episode 4>業務提携によって実現したいこと


≫株式会社ウェブインパクト資本提携と新取締役について(2018年12月)